dahlia kaoriのつぶやきエッセイブログh.kaori

『喫煙コミュニティと喫煙具店店主』~後編~


帰りがけに地下街を歩く。
そこでふと、ある店先のウィンドウに目が留まる。
あ、そうだ。Kさんにプレゼント買ってないわ。

覗き込んだショーケースの中には、品揃えの豊富さをアピールするには十分のライターの数々。
ジッポやブランドもの、外国人受けしそうなジャパニーズな絵柄の描かれたガスライター。
年期を感じさせる店構えと薄暗い照明、こだわりの品揃えからして、ここは昔ながらの喫煙具屋らしい。
観察がてら、じーっと覗き込んでいる私に、白髪の店主が近寄ってきた。

「プレゼントなんです。でも私タバコを吸わないので、ライターに全然詳しくなくて」
「ああ、お客さんは吸わないの?私もやめたんですよ。禁煙中。今日で5日め」
「…何でやめたんですか? 」
「いや、もうちょっと長生きしようかと思って」。

店主は少し笑いながらそう言って、ケースの鍵を開け、私が興味を示した商品を出してくれた。
「これはね、正規代理店を通してるやつで、ここら辺ではうちとあと1軒しか置いてないんですよ」。

喫煙具を扱う店の店主が禁煙…。
まじまじと相手の顔を見つめてみる。映画『黄昏』に出てくるヘンリー・フォンダをもっとキリっとさせたような顔だち。背も高く、スラっとしていて、どことなく日本人離れした風貌。眼鏡の奥の瞳がレンズで大きく見える。 意外に眼光が鋭い。 保証書の入った箱と専用布で指紋を拭いたライターがテーブルに置かれる。

「でも、タバコってなかなか止めるのって大変なんですよね?」
「まぁねぇ。でも続けますよ。じゃなきゃ、この5日が無駄になるでしょう?」

周りの空気を切るように、きっぱりとした口調で言い切る。
店主は見た目60、70代くらい。5日と言う時間の貴重さは、日々成長を見せる赤ちゃんのそれと変わらない。もしくはそれ以上。 そう思わせるような、強い意志を感じさせる。 5日前、長生きしたい理由が見つかったのだろうか。

2つの商品で悩んだ結果、片方のライターを買う事にした。
が、「プレゼントでしょう?キレイに包みますよ!」と、
レジから取り出された、渋すぎるセンスのラッピングペーパーを見て一瞬からだが凍る。
薄茶色ベースに紺やワイン色で何やらの柄が描かれている。とうてい中身のライターにそぐわない模様。

やっぱりいいです、と言う間もなく、
熟練の手付きで素早く箱が包まれて行く。リボンは赤と緑、どちらにします?
「リボン?じゃぁ赤で」リボンが付けば少しマシになるかしら。
そんな願いも空しく、テーブルに出されたのは
裏に両面シールの貼ってある『いかにも贈答用』簡易リボンだった。
しかも、箱のまん中にバランス悪く位置付けられ、閉口する私。

そのリボン、箱に対してちょっと大きすぎると思うけど…。
おじさんの手が一瞬「どこにつけよう…」と躊躇したのを私は見逃さなかったわよ。
でも、せっかく包んでくれたんだし、家に帰って自分で包みなおせばいいかしら、と思い、店を後にする。


あの風貌に、鋭い眼光。今だ切れ味衰えず、のナイフのような鋭さが見え隠れする。
私との接客中に入ってきた、「○○に味が似てる紙タバコが欲しい」という男性客に対しても 最小限の言葉で的確に対応。寸分の狂いも許さない、それが命取りになる。 そんな職人のようなスクエア感。でも禁煙。

久々に興味深い人に出会った。今日はタバコに縁がある1日だった。
このプレゼント、包み直さずこのまま渡して、この日の話を添えようかしら。